「私はずっと日本で暮らすし、 周りは日本人ばかりなのに、 どうして英語を勉強するの?」
とても素朴で自然な疑問です。 私も中学生の頃に同じことを思いました。
大人になった今だからわかることですが、 英語が必要になる場面は突然やってきます。
受験で使うとか、そういう前もってわかるようなことではありません。 それは心の準備をする時間があるので、まだいいほうです。
そういうことではなくて、ある時、ふと、突然やってくるのです。
例えば私は職場がお台場にあるのですが、帰りに駅で電車を待っていたら、隣りのアジア系の方に
"Is this train going to Shinjuku?"
(この電車は新宿に行きますか?)
と、スマホの乗換案内を見せながら聞かれました。
私は片言の英語で、
"This train stops before Shinjuku. Next train!"
(この電車は新宿の手前で止まります。次の電車に乗って!)
と、進入する電車の音にかき消されないよう強めの声でとっさに答えました。
後から思えば、この英語はめちゃくちゃです。
もっと適切な言い回しがあったと思います。
まあ、伝わっていたようなので、それでよいのです。
向こうも英語のネイティブスピーカーではないので、お互い様です。
ここではっきり言いますが、外国人の観光客の質問に答えられなくても、人生で困ることは多分ありません。
でも、英語を勉強していてよかったなと思うことは確かにあります。
例えば、私は大学院まで数学科で学びましたが、理系の論文は基本的に英語で書かれています。
それは英語が世界の共通語だからです。
より多くの世界中の研究者に論文を読んでもらいたいと願う研究者は、当然母国語ではなく英語の論文を書いて発表します。
でも、心配する必要はありません。
なぜなら、そういうアカデミック(学問的)な文章に出てくる語彙や言い回しはだいたい決まっていて、専門用語さえおさえておけば読めるようになるからです。
なんなら最近の翻訳サービスは精度がいいので、コピペすればだいたいの内容はわかります。
もっと切実な例をあげると、私は今IT企業でシステムエンジニアとして働いています。
プログラミングをしてWebアプリを開発する仕事です。
プログラミングをするときコンピューターに指示するための言葉をコンピューター言語といいますが、それは基本的に英語がベースになっています。
また、不具合があるときに調べる記録のことをログといいますが、それも基本は英語で出ます。
コンピューターは人間のように融通を利かせてはくれないので、書いたコードに1か所でもタイプミスがあるとエラーが起きて正しく動きません。
だから、英語ができたほうが、この仕事では有利です。
別に英語ができなくても、皆がシステムエンジニアになるわけではないので、人生困らないかもしれません。
ただ、英語を遠ざけるということは、その分自分の将来の可能性を狭めてしまっているかもしれません。
これは英語に限ったことではなく、どんな勉強にもいえることですが、将来絶対使うという保証はないかもしれませんが、絶対使わないという保証もまたありません。
多分使います。
そして、使う時は突然やってきます。
私も毎日英語をタイピングする仕事に就くとは、中学生の時はまったく想像していませんでした。
中学生の時がんばって英語のつづりを練習して覚えた自分に感謝しています。
みなさんも、未来の自分を助けるつもりで、今がんばってみませんか。